ハーレーダビッドソン ロードキング XL50

長いツーリングにおける卓越した走行安定性と快適性を重視した

ツーリングファミリーとして、旅のお供に欠かせないロードキングは、

簡単に脱着できるデタッチャブルウインドシールド、

ペアライドでの長いツーリング等にも余裕を持って対応出来る

大容量ハードサドルバッグ、クラシカルなスタイルの

大型ヘッドライトナセル度などを装備しています。

2007年モデルは、ストロークアップした

ツインカム98エンジンを搭載していて、新設計6速ミッションを採用しています。


次に、スポーツスター50周年記念限定モデルとして誕生した

XL50というバイクですが、

1957年にスポーツスターが登場し、

2007年で50周年を迎えたことを記念して作られた限定モデルとなっています。


限定生産を示すシリアルナンバー入りのネームプレートを

装着したハンドルバークランプは、ファンにとってはたまらないプレートですね。

また、サイドカバーにはシルクスクリーン加工のHの文字がプリントされています。

シートにはスポーツスターが誕生した年でもある、1957の刺繍が施されています


ハーレーダビッドソンXL883

ハーレーのバイクについて紹介しています。

まずは、スポーツスターシリーズの中で

もっともベーシックなモデルがXL883でしょう。

空冷4サイクルオーバーヘッドバルブ機構で2バルブV型2気筒エンジンは、

燃料供給にインジェクションを得て、

そのレスポンスや低中速トルクのパワーアップもしています。

2007モデル以降では全体的にさらにパワーアップしたのが

ファンにとっても嬉しいことでしょう。

標準ではシングルシートの1人乗りとなりますが、

登録時に2人乗り用シート、ステップを装備して変更手続きをすれば、

2人乗り登録も可能だそうです。

シンプルイズベストでありながらも、

その走りはスポーツスターらしさをよく表現されているバイクといえるでしょう。

次に、2003モデルまでラインナップされていた、

XLH883Hハガーの役割を受け継いでいるのが、XL883ローというバイクです。

このバイクは、ショートストロークサスやシートで

低く構えたスタイルを意味しているそうです。

また、ハンドルバーの形状も手前に引かれたプルバックバーを、

アッパーブラケットからライザーで立ち上げていて、

ライダーに近い位置にグリップがくるようにセットしています。

ハーレーダビッドソン エンジン ツインカム88/88B

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社は、

これまでに、 フラットヘッド、ナックルヘッド、

パンヘッド、ショベルヘッド、エボリューションと

さまざまなエンジンを開発してきました。


時代は進化を早め、より快適な旅を求めるユーザーが

パワートレインを求めだすのは、必然でした。

その一報でハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社を愛するユーザーは、

ハーレーが少しでも変わることを望まないという、

ユーザーの声が多かったそうです。

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社自身が、

このような考え方でありましたが、

延々と続くアメリカの台地を快適に走る為のバイクに

乗せるエンジンとは何なのかという答えがツインカム88/88Bエンジンでした。


一見エボリューションと変わらない概観を持ちながら

排気量は史上最大の1450ccとなっていて、

前後シリンダーの4つのバルブを動かすカムシャフトが

従来の1本からフロント・リアに、

それぞれに独立した2本によって駆動するようになっています。

ハーレーダビッドソン エボリューションエンジン

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社は、

1968年にAMFの傘下にとなり経営を立て直しました。

ですが、どこで間違ってしまったのか

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社は、

粗悪なエンジンばかり生産してしまい

経営的に絶体絶命に追い込まれてしまうことになります。

13人の経営者は私財を投げ打って

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社をAMF社から買い戻します。

製品の信頼性を回復するために、新エンジンの開発は必須となり

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社にとっては、最後の賭けとなりました。


満を持して1984年に発表されたのが

エボリューションエンジンと呼ばれるエンジンでした。

今までのエンジンと同じく、当初はブロックヘッドと呼ばれたいたそうですが

定着しなかったそうです。

経営危機を乗り切った、このエンジンは進化ではなく革命だった為に

エボリューションと呼ばれるようになったんですね。

ほとんど全てにわたって新設計されなおしたエボリューションエンジンは、

今までに無いほどの強度と耐久性を備えていて、

アメリカの誇りに相応しいと評価されたそうです。

ハーレーダビッドソン エンジン ショベルヘッド

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社のエンジンには、

様々なタイプのエンジンがあります。

そんななかで、パンヘッドで国内的な地位を確立した

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社でしたが、

イギリスから高性能のスポーツモデルが上陸するにあたり、

それに対抗するべく新しいエンジンの開発を余儀なくされました。

750ccのサイドバブルを搭載したMODEL Kを大幅に改造して誕生したのが、

ショベ ルヘッドでした。


最終的には高圧縮比を持つオーバーヘッドバルブ機構搭載の883ccエンジンを採用し

大成功を収める事となります。

以来、軽快で俊足なスポーツスターというモデルがジャンルとして確立しました。

ちなみに、ショベルヘッドの由来は、ロッカーケース形状が

ショベルに似ている所からショベルヘッドと命名されたそうです。

やがてショベルヘッドはスポーツスターに限らず、

ビッグツインへも採用されていくことになります。


当初はクランクケースがパンヘッドのままで

シリンダーから上がる、ショベルのアーリーショベルと呼ばれる

過渡期的なエンジンも存在したそうです。

ハーレーダビッドソン エンジン パンヘッド

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社のエンジンには、

様々なタイプのエンジンがあります。

そんななかで、ナックルヘッドでオーバーヘッドバルブ機構の技術を

蓄えたハーレーは、1948年に新エンジン、パンヘッド発表します。


ナックルヘッドで、得たさまざまな経験は無駄にならずに、

受け継がれた形になって良かったですよね。

戦争に勝利したアメリカが最高のものを!と、

勢い付いた中で制作されたエンジンだそうです。

基本設計はナックルヘッドから受け継ぎながらも、

アルミ合金製のシリンダーヘッド、油圧タペットなどを採用しています。

ロッカーケースが、パン(食べ物の食パンのことではなく、

フライパンなどの深底形状の総称)に似ている所から命名されたそうです。

このパンヘッドはFサスにテレスコピック方式を採用していて、

走りの総合力を高めたハイドグライドと、

呼ばれるハーレーに搭載されました。


1958年にはリジッドを廃止しサスを加えたデュオグライドにも、

採用されたエンジンとなっています。

ハーレーダビッドソン エンジン ナックルヘッド

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社のエンジンには、

様々なタイプのエンジンがあり、

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー社最初のVツインエンジンの

愛称がフラットヘッドと呼ばれるエンジンでした。


インターオーバーエグゾースト(IOE)と呼ばれる独特の挟み角で、

45度で構成されています。

このエンジンを初搭載した、車両は1974年のサービスカーだったそうです。

次に、一世風靡したフラットヘッドにオーバーヘッドバルブ機構を加えたエンジンが、

ナックルヘッドと呼ばれるエンジンでした。ナックルとは拳骨の事ですよね。

エンジン上部のロッカーケースが拳に似てる所から、

ナックルヘッドと呼ばれるようになったそうです。

ここから、今日に至るFLシリーズの誕生となりました。

当時でも1200ccで160kmオーバーを記録したそうです。

ですが、時代が悪く戦争に突入してしまいましたので、

ハーレーも軍用に開発を集中せざるを得なくなり、

軍用には以前フラットヘッドが採用されてしまい、

わずかの期間でナックルヘッドは幕を下ろすことになってしまいました。

ハーレーダビッドソン Vツイン

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニーの最初のVツインエンジンは、

1907年に、スペシャリティモデルとして登場したといわれているそうです。

1909年には、ハーレーダビッドソンのトレードマークとも言うべき

Vツインエンジンの量産を開始しています。

この年のVツインモデルは、27台が生産されました。

1912年45度Vツインは、それまでの50cu inのモデルに加えて、

61cu in(1000cc)にパワーアップします。

その性能は、7馬力のパワーを発揮し、

60マイルを引っぱったといわれています。1

914年、ハーレーは郵便車として、

馬よりも速いという理由で4800台以上が採用されました。

イタリアのファルコーネ、イギリスのベロセットLE、そして日本のスーパーカブなど、

郵政省御用達のバイクになることは名車のひとつの条件といえるでしょう。


ハーレーはその功績が認められ郵便切手にもなりましたね。

つい最近では、ハーレー創設100周年記念切手のデザインを

米国郵政省が思案中との話が伝えられており、

現在は具体化に向けて動いているそうです。

サイレントグレーフェロー

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニーの

第一号機の誕生から3年後の1906年、

50台の発注と5台の別注をうけるまでになりました。

それまでの黒のほかに、ルノーグレーに赤のダブルピンストライプが

ボディーカラーに加えられました。


(グレーに塗られたバイクは、1904年に登場したという説もあるそうです。

しかし、これがはじめてカタログに登場したのが、1906年であり、

この年を、サイレントグレーフェロー登場の年とする説が堅いようです。 )


サイレントたる社命のもと静かなマフラーが取りつけられ、

荒涼たる原野の同伴者の意味から

サイレントグレーフェローのニックネームで呼ばれるようになります。


1906年、叔父のジェームズ・マクレイからの融資をうけ新社屋を設立します。

ダビッドソン3兄弟とハーレーは本業を捨てて

モーターサイクルメーカーとしての道を進むことを決意したそうです。


そして、すべてのフロントをスプリング方式とし、

これをデザイン上の哲学とすることで彼らのファクトリーは出発しました。

ハーレーダビッドソンという社名

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニーは、

モーターサイクルの生産を始めるにあたり、

ダビッドソン兄弟は父親の協力を得て裏庭に10X5フィートの小屋を建てました。

社名を決めるにあたり、ウイリアム・ハーレーは、

3ダビッドソン+1ハーレー="ダビッドソン-ハーレーモーターカンパニー"

を主張しました。

これに対してダビッドソン3兄弟は、ウイリアム・ハーレーが

第1号車を設計したのだから ハーレーの名を先にすべきと主張したそうです。

多数決の結果、"ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー"になったそうです。


この後、サイレントグレーフェローが登場します。

1904年、新たにバイクを生産しました。

生産台数は8台作られたと言われています。

(ハーレーダビッドソン初期の生産台数の記録は、

1903年が3台、1904年が8台となっていますが、この合計11台のうち、

現在2台は存在しますが9台は行方不明のままだそうです。

ハーレー本社には第1号車が展示されていますが、

この貴重なバイクのフレームも、創始者の手によって

1905年製のフレームに交換されてしまったらしい、という話があります)

ハーレーダビッドソンの誕生

1903年に、北米ウイスコンシン州ミルウオーキーにおいて、

一台のモーターサイクルが誕生しました。

ウイリアム・ハーレーとアーサー・ダビッドソンの二人が

立ち上げた会社と言ったら、おわかり頂けるでしょう。


鉄道メカニックのウオルター・ダビッドソンが二人を手伝い、

工具の知識は長男ウイリアム・ダビッドソンの助けを借りました。

ウオルターはできあがったモーターサイクルで、

長男の結婚式のためにカンザスシティへ走りました。

これが、記念すべきハーレー・ダビッドソンの第一号機でした。


トマトの缶詰を加工したキャブレターや、

ドアのノブほどもある大きさのスパークプラグから発する

24.74cu in(405.19cc)の出力は3馬力でした。

単機筒、変速機なし、ベルトドライブ、

ボディーカラーは、黒にゴールドのピンストライプとなっていて、

始動はメインスタンドを上げて、自転車のペダルをこぐ方式でした。


この年で、3台のハーレーを生産したそうです。

ハーレーダビッドソンは、

バイクを余り知らない人でも知ってるくらい有名ですよね。

古き良きバイク ハーレーダビッドソン

ハーレーダビッドソンモーターカンパニー社は、

エルクシャーやインディアンなどのライバル会社より優位に立っていましたが、

アメリカ国内の競争にイギリスのメーカーが参戦してきます。

イギリスメーカーと言えば、ピアジオなんかが有名ですよね。

また、日本メーカーも加わってきてハーレーとしても

このままでは、危ういということになってきました。


性能では勝てなくなったハーレーは、

アメリカ国内のノスタルジア市場に目を向けます。

伝統的なスタイルをアピールし、

ハーレーを古き良きアメリカのバイクとして確立させます。

この時に確立された古きよきアメリカのバイクが、

今の日本人でも持っているハーレーのイメージですよね。

最初から古きよきアメリカってバイクばかり、作っていた訳ではないって事ですが、

この頑固なまでに自社のスタイルに固執するハーレーの会社運営は、

さまざまな事から見習わなければいけないことで、

独特のエンジン音、乗り味、ノスタルジーなどと合わせて

ハーレーは、古き良きバイクとして頑張ってきたのでしょう。

ハーレーダビッドソン61E

ハーレーダビッドソンモーターカンパニー社は、

61Eと呼ばれた型番のバイクを発表し

このバイクは革新的で今日のハーレーのルーツとなりました。


丸いタンク、カーブしたフェンダー、メーターコンソール、コンパクトな外観

この61Eスタイルで

ハーレーは当時のアメリカにおけるバイクデザインの先駆者となりました。


61Eではエンジンの形が握り拳に似たことから、

ナックルヘッドと呼ばれるエンジンを採用していて、

性能とスタイルにおいても競合商品であった、

インディアンチーフより高いレベルのエンジンだったそうです。

この61Eの技術的優位により、

インディアンはバイクメーカーとしてハーレーに敗北することになります。


以後15年間は活動していましたが、

技術的な面でハーレーより優位に立つことはなかったそうです。

また、同じくライバル会社のエルクシャーも経営失敗したそうです。


ここで、ハーレーダビッドソンモーターカンパニー社がバイクメーカーの中で、

最も優位に立っているかのように思われましたが・・。。


ハーレー・ダビッドソンについて2

ハーレーダビッドソンモーターカンパニー社は、

Vツインエンジンの開発をしますが、

多くの会社が開発を後追いする形となりました。

ハーレーは現在でもこのVツインエンジンの設計に固執しているそうです。


最新型のハーレーも45度のレイアウトのVツインエンジンを搭載しています。

ハーレーダビッドソンモーターカンパニー社の、

Vツインエンジンの固執により

Vツインエンジンはアメリカの伝統的なバイクエンジンとしての地位を確立しました。


当時ハーレーに競合していたメーカーは、

インディアンとエクセルシャーというメーカーでした。


ハーレーはボードトラックから、ロードレースまで

いたるところのスポーツイベントに参加し、

アメリカでは現在もダートトラックレースでは、

ハーレーが最大の実力を誇っているそうです。


ハーレーは当時も改良を重ね、

丈夫で信頼性の高いモデルを作っていったのですが、

伝統的な開発については頑固なまでに保守的な会社でもあったそうです。


これは一時的に、会社経営の首を絞めることにもなったそうです。

ハーレー・ダビッドソンについて1

ウイリアム・ハーレーとアーサー・ダビッドソンの

二人の名前をとって社名はハーレー・ダビッドソンとなり、

アメリカンのバイクで有名なハーレーダビッドソンモーターカンパニー社は、

設立されました。

二人はエンジニアリング会社の製図工でエンジンの研究をしていました。

二人は最初単純な400ccの単気筒エンジンを製作し、

自転車のフレームにくくりつけたりしていました。

この試作機が1903年に作られ、

ここから、ハーレーの長い歴史が始まろうとしていました。


この試作機は信頼性は十分だったのですがパワー不足で

排気量を475ccに引き上げたモデルを開発し、

1904年にはこの試作機をベースにハーレーダビッドソン発動機会社として

創業開始したそうです。

ハーレーダビッドソンモーターカンパニー社は、

サイレントグレーフェローと名づけられたマシンの生産を開始していきます。


有名なエンジンである、「Vツインエンジン」は1907年、

ハーレーダ・ビッドソンが開発したものですが、

このVツインエンジンの開発自体はさほど難しくなかったようです。